44. 煙霧章(アッ・ドハーン)
マッカ啓示59節
- ハー・ミーム。
- (事物を)明瞭にする、この啓典にかけて(誓う)。
- 本当にわれは、祝福された夜、これを下して、(悪に対して不断に)警告を与え(ようとす)るものである。
- その(夜)には、英知に就いて凡ての事が明確にされる。
- わが許からの命令である。本当にわれが(何時も使徒を)遣わすのは、
- あなたの主からの慈悲である。本当にかれは、全聴にして全知であられ、
- 天と地、そしてその間の凡てのものの主である。もしあなたがた(の信仰)が確かならば。
- かれの外に神はなく、生を授け死を授けられる。あなたがたの主、またあなたがたの祖先の主であられる。
- それなのにかれらは疑って、戯れている。
- 待っていなさい、天が明瞭な煙霧を起す日まで。
- (それは)人びとを包む。(かれらは言う)。「これは痛ましい懲罰です。」
- 「主よ、わたしたちからこの懲罰を免じて下さい。本当に信仰いたします。」
- どうして(再び)かれらに訓示があろう。かれらには公明な使徒が確かに来たのに、
- かれらはかれ(使徒)から背き去って、「他人に入れ智恵された者、憑かれた者です。」と言ったではないか。
- われが暫くの間、懲罰を解除すると、あなたがたは必ず(不信心に)戻る。
- われが猛襲する(審判の)日、本当にわれは、(厳正に)報復する。
- かれら以前にも、われはフィルアウンの民を試みた。その時かれらに尊い使徒(ムーサー)が来て、
- (言った。)「アッラーのしもべたち(イスラエルの子孫)を、わたしに返しなさい。本当にわたしは、あなたがたの許にやって来た誠実な使徒です。
- アッラーに対して、高慢であってはなりません。本当にわたしは明白な権威をもって、あなたがたの所にやって来たのです。
- あなたがたが(わたしを)石撃ちにするなら、わたしそしてあなたがたの主でもある御方に、救いを求めます。
- もしあなたがたが、わたしを信じないならば、わたしには構わないでください。」
- そこで、かれは主に祈っ(て言っ)た。「これらは罪深い人びとです。」
- (主の御答えがあった。)「あなたは夜の中に、わがしもべと共に旅立て。必ずあなたがたに追っ手がかかろう。
- そして海は(渡った後)分けたままにして置け。本当にかれらは、溺れてしまうことであろう。」
- かれらは、如何に多くの園と泉を残したか。
- また(豊かな)穀物の畑と、幸福な住まいを、
- またかれらがそこで享楽していた良い物を(残したか。)
- (かれらの最後は)こうであった。そしてわれは、外の民に(それらを)継がせた。
- かれらのために、天も地も泣かず、かれらに猶予も与えられなかった。
- われは、イスラエルの子孫を屈辱の懲罰から救い、
- フィルアウンから(救い出した)。本当にかれは、高慢で無法者であった。
- われは思うところにより、かれらを諸民族の上に選んだ。
- そして明白な試練を含む、数々の印を与えた。
- さてこれら(マッカの偶像信者)は(愚かにも)言う。
- 「わたしたちは最初死ねば(2度と)起こされない。
- もしあなたがた(の言葉)が真実なら、わたしたちの祖先を連れ戻してみなさい。」
- かれら(マッカの偶像信者)はトッバウの民か、またそれ以前の者たちより優れているのか。われはかれら(諸民族)を滅ぼしたのである。本当にかれらは罪を犯した者であった。
- われは天と地、そしてその間にある凡てのものを、戯れに創ったのではない。
- われは、天地とその間の凡てのものを、只真理のために創った。だが、かれらの多くは理解しない。
- 本当に(善悪の)選別の日は、凡てのものに定められた日である。
- その日、友はその友のために何も役立てず、またかれらは援助も得られない。
- だがアッラーの御慈悲を被むった者たちは別である。本当にかれは偉力ならびなく慈悲深くあられる。
- 本当にアッ・ザックームの木こそは、
- 罪ある者の糧である。
- それは溶けた銅のように内臓の中で沸騰しよう、
- 熱湯が滾りかえるように。
- (声がして言われよう。)「かれを捕えよ、燃えさかる炎の只中に、引きずり込め。
- それから、かれの頭の上に沸騰する湯の痛苦を浴びせよ。
- あなたは(これを)味わうがいい。本当にあなたは、力のある尊貴な者であった。
- これこそあなたがたが、疑っていたものである。」
- 本当に、主を畏れた者は、安泰な所にいる。
- 園と泉の間に、
- 絹や錦を纒い、互いに向かい合って、
- このようにわれは、輝いた大きい目の乙女たちをかれらの配偶者にするであろう。
- かれらはそこで平安に、凡ての果実を求められ、
- 最初の死の外に、そこで(再び)死を味わうことはなく、燃える炎の責め苦から守護されよう。
- あなたの主からの賜物、それこそは至福の成就である。
- われはこの(クルアーン)を、あなたの言葉(アラビア語)で(下し)分りやすくした。かれらは、理解し諭されるかもしれない。
- だからしばらく待って様子を見なさい。本当にかれらの方も様子を伺っているのだから。